小説 private room 一部抜粋

 

すると、何かを思いついたように若宮の表情が緩んだ。既に困惑した表情は顔から消えている。代わりに、いかにも自分の思いつきに満足したような表情が若宮の顔を占める。

「・・・口答えは軍では許されません、ミスター。それは既にご存知のはず。あなたには、お仕置きが必要なようですな」

不意に善行は若宮が肉食獣のように見え、身体を硬くした。若宮の顔には楽しそうにすら見える表情が浮かんでいる。

既に身体が言うことをきかなくなってきつつある。善行は無意識に後ずさろうとしたが、膝に力を入れようとしてもなかなか思うようにはいかない。善行は言葉もなく、ただ首を小さく左右に振った。

しかし本当は、体がうまく動かない理由は疲労のせいだけだったのではない。・・・・・・善行は、自分が竦んでいるのだと知った。

身体を硬くして身構える善行に、不意に若宮は背を向けた。射るような若宮の視線が外れ、思わず口から安堵の溜め息が洩れる。それで善行は、自分が驚くほど緊張しているのを今更のように感じた。

しかし緊張を緩めた善行の期待とは裏腹に、若宮は開け放したままのドアに近付くと、それを閉めて、更に鍵をかける。カチ、という金属の音が、善行の身をまた硬くさせた。とくん、と、心臓の音が耳の中に響く。振り向いた若宮は獣のような瞳で善行に笑いかけた。善行は自分の顔から血の気が引くのを感じた。

「本来はこういったことは私の趣味ではありません」

若宮が歩み寄る。善行は動くことも出来ない。全く敵わない相手だと、動物の本能が伝えている。善行の怯えは肉食獣を前にしたうさぎにも似ていた。してはいけないことをしたのだと悔やんでも遅い。近付く若宮の表情は楽しげでさえあった。