花吹雪

THE YELLOW MONKEY

 

「突っ込みすぎだ、戻れ、来須!」

「大丈夫だ」

 寡黙な男はいつものように言葉少なに通信を切り、リテルゴロケットで最前線へ飛び出していった。物理的な痛みさえ感じそうに、心臓が苦しい。オペレーション中の瀬戸口は思わず胸を押さえた。

「若宮、来須のサポートに」

 善行の声が命令を下す。

「無論!」

 若宮も続いて、前線に飛び出していく。

 スカウトは死に易い。

 そう自分で言っていたくせに、来須はいつも最前線へと飛び出していく。振り返りもしないその背中を見るたびに、瀬戸口は歯噛みしそうな悔しさを覚えた。自分を置いて、いつも来須は消して振り返ることなく前へと、進んでしまうのだ。それが彼のたった一つの使命であるかのように。

 その後ろ姿を見るのが苦しくなったのはいつからだったか、もう思い出すことは出来なかった。

「ゴブリンリーダー、撃破」

 隣でののみがオペレーションする。ほぼ同時に準竜師から、敵の撤退を告げる通信が入電した。瀬戸口はほっと胸をなでおろす。

これで今日も、眠ることができる。

 

 

 

「どうした?」

「いや、なんでもない」

 もう重症だ。

戦闘から戻ってきた来須の顔を見た瀬戸口は、口を開きかけて言葉を飲み込んだ。何も考えられない。あれもこれもと言いたいことが山のようにあったはずなのに、顔を見たらどうでもよくなってしまった。抱きしめて、体温を感じたい。そんな欲望と、こうして向き合って顔を見ることが出来た、それでもう十分だという思いが交錯して頭を駆け巡る。

病。恋の病?この自分が?

笑い出したくなる自分を懸命になだめる。

できるだけいつものような何気ない素振りで肩に手を回した。

「シャワーに行くか」

「ん?ああ」

 不思議そうにしている来須を誘って、二人はシャワー室へ向かった。

 

 

 

 春爛漫。

熊本城の桜はこぼれるように咲き誇っている。薄桃のベールに包まれた城はその姿をより堅固に浮かび上がらせていた。

 その城下を瀬戸口と来須は連れ立って歩いていた。仕事も訓練も終わり、今はもう深夜に近い時間帯になっている。昼に屋上から見えた、けぶる薄桃の城を見に行こうかと口にしたのは来須の方だった。

 桜は今が満開とあでやかに花開き、その花びらを潔くはらはらと散らしている。風もなく、ゆるゆると舞う雪の一片のような花びらを二人は黙って歩きながら見つめていた。昨夜降った雨に湿った土が、柔らかい春の匂いを発している。深夜の城下はしんと静まり返り、はなびらの降る音さえも聞こえそうだった。二人が砂利を踏む音がその音をかき消してしまっているような気がして、1本の桜の木下で瀬戸口は歩みを止めた。来須も同様に、歩みを止める。

 瀬戸口は樹の幹に手を触れて、天を仰いだ。薄桃色に染められた視界の真上にだけ、青く染まった闇と瞬く星が見える。見とれて、魅入られてしまいそうな眺めだった。

「きれいだな」

「ああ」

 他に言葉も見つからないような圧巻される光景。同じ光景を二人だけで共有しているこのとき、言葉はいらなかった。

 ただ黙って桜を見つめている来須を見た瀬戸口は、ふと来須の両肩に正面から腕を回してみたくなった。そのときの来須の顔が見てみたかっただけだったのかもしれない。少し驚かせたいとか、からかってみたいというような感情が芽生えたのは確かだった。

「なあ」

 瀬戸口は来須に向き合うと、近寄って正面から両肩に両腕を回した。ほとんど背丈の代わらない二人の顔が30センチほどに近付く。やや低い瀬戸口が僅かに帽子の下からうかがえる来須の表情は少しも変わらない。速水なら慌てて真っ赤になってしまうような状況であるのに、少しも表情を変えない来須を見て、瀬戸口の口から出た言葉は自分でも意外なものだった。

「キスしようか」

 ほんの少しだけ驚いたように来須の眉が上がった。その様子に瀬戸口は少しだけ満足する。誰も見たことのない来須を、自分だけが見ているという気持ち。それは瀬戸口自身意識していなかったけれど、独占欲にひどく似た感情だった。更に調子に乗って瀬戸口は回した両腕で来須の頭を抱く。

「なあ?」

 額に額を合わせ、覗き込むように見つめる。この先に隠されている来須の表情をただ見たかっただけだった。

 と、来須の顔が近寄ってきた。

 え?と思う暇もなく、来須の唇と瀬戸口の唇が重なる。

(う・・・わ・・・)

思わず瀬戸口は目を閉じた。南国の花のような香りが僅かに瀬戸口の鼻腔に忍び込む。甘く、頭をとろけさせるような香りは僅かすぎて、記憶に残る前に掻き消えた。

いつの間にか来須の片手は瀬戸口のうなじに回り、頭を固定して離さない。髪の間を滑る来須の指の感触に瀬戸口の肩のあたりがぞわぞわとする。

来須の舌は瀬戸口のゆるく空いた唇の隙間から忍び込む。柔らかく瀬戸口の舌を絡め取り、蠢く。その動きに自分も舌を絡め合わせながら、瀬戸口の身体からは力が抜けていく。もうからかおうとか、そんな感情はどこかへ行ってしまっていた。

来須は片手で瀬戸口の腰を引き寄せる。来須の肩に回した瀬戸口の腕はぷらん、と力が抜けた。

桜の下、唇を重ねる二人の上にも花びらはゆるゆると舞った。

唇を離した来須は瀬戸口を抱いた腕をゆっくりと解いた。

そして二人は僅かに離れると、何事もなかったかのように、しかし並んで歩き出した。その何気ない態度に、さっき起こった出来事は幻だったのではないかと思うほどに来須の態度は何も変化を見せていない。

ふと歩みを止めた来須は、瀬戸口の髪に散った花びらをそっと払う。その帽子の下の口元が僅かに緩んだのを、瀬戸口は確かに見た。

 

 

 

〜fin〜

 

イメージはまたタイトル通り「花吹雪」 THE YELLOW MONKEY

勿論歌の通りだったらまだ続きがあるはずですが、今はここまで(笑)。もし期待している方いらっしゃいましたらすみません。

熊本城で花見、は定番として使いたかった!

 

2001/08/29  しゆうはやね