子供と一緒に生活できる事。そんな当たり前の事がとても幸せです。
「ここに長男がいてくれるだけで嬉しい。」そんな気持ちで毎日を過ごし、日に日に成長していく姿に目を見張っていました。
沢山の感動と幸せを運んでくれる親孝行な息子です。
| 2002年4月30日で生後1歳になりました。 心配事をいくつも持って退院したけれど、一つ一つ乗り越え、大きな問題もなく成長してくれました。 目が見える、耳が聞こえる、お座りが出来る、ハイハイが出来る、そんな当たり前だと思いがちなことがどんなに幸せな事か、 色んな事を考えさせてくれました。 2003年4月30日で生後2歳を迎えました。 大きな病気もせずに、毎日、外を走り回る、元気で活発な男の子になりました。。 体格も「少し小柄」というだけで修正月齢を使わなくても気にならなくなりました。 もう親から見ても「未熟児」というよりは「未熟児として生まれてきた子供」という感覚になっています。 一番の心配事であり、ある種の諦めと覚悟を持ってきた脳の問題すらも乗り越えてくれた奇跡的な子供です。 2004年4月30日で満3歳になりました。 体格面でも、発達面でも保育園の同じクラスの子供たちと殆ど変わらなくなりました。 歌って踊って、よくしゃべる元気なやんちゃ坊主になりました。 そろそろ未熟児卒業かな・・・という感じですが、 走る時の足運びにほんの少しだけ左右差が見らる為、念のため経過観察中です。 でも、普通に歩けて、それなりに走れるだけでも上出来!大した問題だとは思ってません。 3歳のフォローアップ検診の際に、念の為にリハビリ施設で専門医の診察を受けたいといって 紹介状をもらってリハビリ施設に行きました。 そこで思いもよらないことを言われました。 「脳室周囲白質軟化症?違いますよ」と。「え?私はそう説明を受けてますが・・・?」 「いえ、違う病名になってます。脳室周囲白質軟化症なら障害の可能性は高いけど、お子さんは大丈夫ですよ」 実際、彼の歩き方とか色々見ていただいた結果も「特に問題なし」とのことでした。 診断名が変わっている?でも、そんな説明は受けていない。 不審に思いフォローアップの担当医に問い合わせたところ、わざわざ時間をとって面談をしてくださいました。 「長男が生まれた当時には、まだ学会で発表されていなかった症例がその後に学会で発表され、 長男のケースはそちらの症例にあたるのではないか。ということで診断名が変更された」とのこと。 そちらの症例であれば、障害の可能性は低いとのこと。 「診断名が変更された理由はわかりました。でも、どうしてそのことを親に告知されなかったんですか?」との問いに 「脳室周囲白質軟化症という病名を親御さんが知っておられるかどうかわからなかったことと お母さんがそんなに心配されているようには見えなかったので、あえて告知する必要はないと判断しました」と・・・。 正直、かなりムッとしました。 まず「脳室周囲白質軟化症」という病名については母子手帳にすらはっきりと記載されていました。 生まれた当時の主治医が退職しているので、引き継ぎが上手くいっていなかったのかもしれませんが・・・。 子供の成長について心配していない母親がセカンドオピニオンを求めてリハビリ施設を訪ねたりするでしょうか? 病院に対する不信感と障害の可能性が低いのであれば、もうフォローアップ検診の必要性もないと思い、 その場で今後のフォローアップ検診は必要ありません。と宣言して帰ってきました。 その後も、NCU同窓会のスタッフとして病院には毎年行きましたが、患者として診てもらうことはありませんでした。 2012年4月で10歳になりました。 何の問題もなく、元気に学校に通っています。 身長もほぼ平均値になり、特に小柄というわけでもありません。 小学校の参観日にで「1/2成人式」という行事がありました。 「小さく生まれて色んな心配事のあった僕をここまで育ててくれてありがとう」という手紙をもらい涙ぐんでしまいました。 もう未熟児で生まれた子供だと意識することは無くなりました。本当に大きくなりました。 たくましく夢に向かって努力している彼を母として出来る限りの応援をしています。 TOP |